解離性同一性障害という診断名があります。
以前は多重人格障害という名前だったため、「多重人格」という言葉で知っている人も多いのではないでしょうか。
解離性同一性障害(多重人格障害)は、心的外傷(トラウマ)などによって一人の人間の中に全く別の人格(自我同一性)が複数存在するようになる状態のことをいいます。
この状態は、「解離」が継続して起こるため生じていると考えられています。
解離とは
解離とは、これまでの記憶や知覚、意識といった通常は連続している精神的機能が途切れてしまう状態です。そして、昔は解離といえば、「解離性同一性障害などの病的な状態」を指していましたが、現在では、解離は普通の人にも当たり前にある正常な状態から、障害として扱われる異常な状態までグラデーションのように連続していると考えられています。
つまり、解離には正常な範囲の解離から、日常生活に支障が出るような障害となってしまう深刻な解離まで、様々な度合いのものがあります。
解離があるからすぐに病的だというわけではなく、健康的な人でも日常的に解離を経験することがあると言えます。
例えば、ゲームや読書に集中している時、周囲の物音に気が付かず呼ばれても返事をしないことを指摘されたり、時間の経過を意識せず気がついたら夕方だったり、難しい講義を聞いていたら眠くなったり…といった経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。
これは「健康的な解離」とも表現され、多くの人が日常的に経験することのある状態です。
以下のような状況も、健康的な解離が起こっていると考えられます。
- 毎日の通勤中、車や電車に乗っている間の出来事の一部を覚えていない
- 人の話を聞いていたが、内容を聞き漏らしていた
- 休みの日、ソファでぼーっとしていて、気がついたら時間が経っていた
- やろうと思っていたことを、既にやったかどうか覚えていないことがある
日常生活に支障が出る解離とは
状況のような「健康的な解離」であれば、人間関係や仕事上大きな問題を抱えることは少ないと考えられます。
では、日常生活に支障が出るような解離とはどのようなものでしょうか?
例えば、以下のような状態が考えられます。
- 気がつくと別の場所にいて、どうやってたどり着いたのか自分でも分らない
- 自分では買った覚えがない新しい物がいつの間にか増えている
- まるで幽体離脱のように、自分自身を外から眺めているという経験をすることがある
- 周囲の人間や、物や、出来事が現実のものでないように感じる
- 自分の体が自分のものではないと感じる
- 時々頭の中から何かを命令したり、自分の行動にいちいちコメントしたりするような声が聞こえる
これらの状態が日常的に起こってくると、人間関係でトラブルを抱えたり、仕事をこなすことが難しくなったりすることが想像できます。
最後に
なぜ深刻な解離が起こるのかについてはまだはっきりとした理由がわかってはいませんが、多くは長い期間にわたって辛い経験をしたり、何度もショッキングな体験をしたりすることで、その度にストレスから精神を守るために解離を生じ、結果として「苦痛を引き受ける別の自分(自我)」が形成されてしまうのではないかと考えられています。
そのような状態を、ご本人が過ごしやすくなるためにどうしていくかということについては、様々な方法が考案されており、医療的な治療とカウンセリングを併用する場合も多くあります。
ご本人の価値観によっても、複数いる人格を元の1つに戻していきたいと考えたり、一緒に生きていくパートナーや友人としてうまく折り合いをつけたいと考えたり、人によってゴールの形はさまざまであると考えられます。
カウンセリングでは、「同じような状況や症状で悩んでいたとしても、ゴールの形はその人によって違う」ということがとても大切です。
時には「良くならなくては」「何か変わらなくては」とご本人も気がつかないうちに自分自身を狭い枠組みに入れてしまうこともあります。
会話を通して、1人では対処できないと感じるような複雑な問題を整理していくことや、「〜しなくては」と考えていることを他の角度から見て柔軟に考えられるようにしていくことは、解決の糸口になるのではないかと感じています。